パニック障害とは、急に強い不安や恐怖を感じるとともに、「このまま死んでしまうのではないか」と思うほど苦しい発作(パニック発作)に襲われ、日常生活に支障をきたす病気です。パニック症とも呼ばれます。
身体的異常はなく、不安や恐怖の具体的な原因もないため、「大げさに怖がりすぎ」「我慢が足りない」など、本人の気の持ちようだと誤解されてしまうこともあります。
今回は、パニック障害のきっかけや診断基準について解説するとともに、パニック障害への対処法もご紹介します。
臨床心理士・公認心理師
佐藤セイさん
公認心理師・臨床心理士。現在、スクールカウンセラー(中学・高校)・非常勤講師(大学)として勤務しつつ、webライターやブックライターとしても活動中。カウンセラー・講師・ライターのどの立場であっても、受け取る人にとって、消化しやすい言葉や表現を選ぶことを心掛けています。
パニック障害のきっかけとなるものは?
パニック障害には「交感神経」の働きが影響しています。
交感神経は、私たちの心身の活動をサポートする神経です。適度に刺激されると、心や身体をほどよく緊張させ、活力を与えてくれます。
しかし、交感神経に過度な刺激が加わると、ネガティブな感情や苦しい身体症状をもたらす「パニック発作」のきっかけとなることがあります。
私たちの日常生活には、交感神経を過度に刺激する要素が大きく2つあります。それが「過労やストレス」「不安感・恐怖感」です。
過労やストレス
「忙しすぎる」「ストレスが溜まる」という状況は、パニック障害のきっかけとなる交感神経が過敏に反応する状況を作り上げてしまいます。
たとえば、忙しすぎると睡眠不足や栄養に偏りのある食事が続き、心身が弱ってしまうことがあるでしょう。その結果、普段なら平気な刺激であっても、交感神経が過剰に反応する危険性があります。
また、忙しいときには意欲や集中力を高める目的で、コーヒーやエナジードリンクなどカフェインを含む飲料を摂る機会が増えるかもしれません。ところがカフェインには交感神経を刺激する作用があります。
さらに「忙しすぎる」という状況は、私たちに「ストレス」をもたらす原因となります。「ストレス」とは、外部からの刺激や変化を指す言葉です。忙しすぎる日々で発生したストレスは、交感神経を刺激し続けます。そして、ストレスによる交感神経への刺激が限界まで蓄積される、つまり「ストレスが溜まる」と、何でもないような出来事が決定打となり、一気に調子を崩してしまいます。
毎日忙しい状態が続くと、常に交感神経が過剰に働いている状態になります。過労だけで必ずしもパニック障害になる訳ではありませんが、少しのストレスがパニック障害のトリガーを引きかねない危うい状態になってしまうのです。
不安感・恐怖感
不安感や恐怖感は、パニック障害を後押しする要素です。
不安や恐怖を感じる危険に出くわすと、交感神経は危険から自分の身を守る「闘争・逃走反応」を起こします。心拍数や呼吸の増加、筋肉の緊張や発汗の促進などを生じさせ、危険と闘ったり、危険から逃げ出したりするための心身の状態をつくるのです。
たとえば、「夜道を歩いていると草むらで物音がした」という【危険】との遭遇をイメージしましょう。心臓がドキドキし始め、浅い呼吸が繰り返されます。背中に汗が伝うかもしれません。何かが飛び出したら攻撃すべく、こぶしをぎゅっと握る人もいるでしょう【闘争】。あるいは全力で走って逃げる準備をするかもしれません【逃走】。
しばらく緊張が続いた後、猫がひょっこり顔をのぞかせたなら、「な~んだ」と一気に脱力するはずです。交感神経は危険に対し「闘争・逃走反応」を生じさせますが、恐怖の対象を確かめて「怖いものではない」と理解できれば、反応を収めます。
しかし、「なんとなく苦しい気がする」程度のささいな出来事から、闘争・逃走反応が生じてしまうことがあります。この誤って生じた闘争・逃走反応が「パニック発作」です。
何も闘う/逃げるものがないのに、心拍数や呼吸が増えるため「動悸が激しい」「息苦しい」などの「症状」だと感じます。さらに、闘う/逃げるべき対象がないため、「な~んだ」と終わらせることができません。何と向き合えばいいかわからない不安が闘争・逃走反応=パニック発作をますます強めてしまいます。
パニック障害の原因
パニック障害の原因としては、「遺伝的な原因」と「環境的な原因」の2つが上げられます。
遺伝的な原因
パニック障害を起こしやすい遺伝的原因には次のようなものがあります。
■血縁者にパニック障害の人がいる
親やきょうだいがパニック障害である場合、自分もパニック障害にかかるリスクは、そうでない人の約8倍という報告があります。※1
■カフェインへの過敏性
飲み物や食べ物だけでなく、薬に含まれるカフェインがパニック発作を引き起こすこともあります。
■二酸化炭素への過敏性
二酸化炭素の濃度が高い場所(換気が不十分で閉鎖的な場所)にいると、ほかの人よりもパニック発作を引き起こしやすくなります。
■女性
パニック障害は女性の方が男性の約2〜3倍発症しやすいといわれています。※2
環境的な原因
パニック障害を起こしやすい環境的原因には、次のようなものがあります。
■生活リズムの乱れ
生活リズムが乱れていると、リラックスしたい場面で交感神経が過剰に働いてしまい、パニック発作を生じる可能性があります。
■閉鎖された空間
混雑した電車のような、閉鎖された空間に大勢の人がいる場所は、二酸化炭素濃度が高くなります。その結果、酸欠の危険を感じた身体に闘争・逃走反応が起き、パニック発作を生じやすくなります。
パニック障害になりやすい人の特徴
パニック障害になりやすい人には、次の6つの特徴があります。
真面目な人
真面目な人は、何事も完璧でないと気が済みません。もし90点の仕事ができても、10点分の不足について自分を責めます。家事・育児・介護・対人関係などすべてが100点でないと自分を責めるため、ストレスをためやすく、結果としてパニック障害を発症しやすくなります。
こだわりが強い人
「こうあるべきだ」というこだわりが強い人は、自分の思い通りにならない環境に置かれると、思い通りにいかないことでストレスを蓄積させたり、思い通りにいかなかった事実を危険と捉えたりして、パニック障害を引き起こすことがあります。
感受性が高い人
感受性の高い人は、ほかの人よりも刺激に反応しやすいため、多くの人なら気にならない程度の刺激でも「危険のサインではないか」と捉えることがあります。その結果、闘争・逃走反応が生じやすく、パニック発作を繰り返すことがあります。
周囲を気にする人
周囲を気にする人は、ほかの人のちょっとした言動を危険のサインだと捉えやすい傾向があります。たとえば、近くの人が鼻をすすると「私、くさいのかな?」と不安になります。周囲のあらゆるサインを自分への攻撃や非難と受け止めるため、交感神経が刺激され、パニック発作が起こりやすくなります。
過労が続いている人
先ほどもご紹介した通り、過労の状態が続くと、交感神経が過剰に働いている状態が長く続きます。そのため、さらなるストレスが加わったときに、交感神経が闘争・逃走反応を生じやすくなります。
精神的な疾患を抱えている人
パニック障害は「不安や恐怖」と適切な距離で付き合うのが苦手な方が抱える病気です。そのため、同じように不安や恐怖と付き合うのが苦手な人が発症する「うつ病」や「社交不安症」などの精神疾患を抱えている人は、パニック障害を併発しやすい傾向があります。
パニック障害の症状と診断基準
ここでは、パニック障害の症状と診断基準について見ていきましょう。
主な症状
パニック障害は「パニック発作」「予期不安」「回避行動」「機能障害」の4つの症状で構成されています。
1.パニック発作
これまでも触れてきましたが、突然激しい身体症状とともに、「このまま死んでしまうのでは」など死を感じるほどの強い恐怖や不安をもたらすのが「パニック発作」です。発作は短ければ数分、長くても1時間ほどで自然に収まります。
2.予期不安
パニック発作が起きると、「また発作が起こるのではないか」「あの苦しみが再び襲ってきたらどうしよう」という不安を抱きます。このようなパニック発作に対する不安を「予期不安」といいます。パニック障害になると、予期不安が頭から離れなくなります。
3.回避行動
予期不安が強くなると、過去にパニック発作が起きた場所やパニック発作が起きそうな状況を避ける「回避行動」をとるようになります。また、パニック発作が起きたときに「助けを求められない」「逃げられない」と感じる場所(自分以外誰もいない自宅や簡単に降りられない公共交通機関など)に強い恐怖を感じる「広場恐怖症」を発症することもあります。
4.機能障害
回避行動や広場恐怖の結果、日常生活に支障をきたすことを「機能障害」といいます。たとえば、「人混みが不安で買い物に行けない」「電車が怖くて会社に行けない」といった状態が挙げられます。
診断基準
パニック発作やパニック障害の診断は、アメリカ精神医学会が発行する「DSM-5」によって次のように定められています。
【パニック発作】
強い恐怖や不快感が突然高まり、数分以内に頂点に達する。その間に次の症状のうち、4つ以上が生じる。
- 心臓がドキドキする
- 汗をかく
- 身体や手足がふるえる
- 息苦しさ、息切れ
- 窒息しそうな感じ
- 吐き気やお腹の気持ち悪さ
- 胸の痛みや気持ち悪さ
- めまいやふらつき、気が遠くなる感じ
- 悪寒もしくは熱っぽさ
- 感覚がマヒした感じ
- 離人感、現実感がない
- 「気が狂うのではないか」という恐怖
- 「死んでしまうのではないか」という恐怖
【パニック障害】
- 予期しないパニック発作が繰り返し起こる
- パニック発作のあとの1ヶ月間もしくはそれ以上の期間、以下のうちの1つ以上が当てはまる
- 予期不安:もっと激しい発作が起こるのではないかという強い不安
- 回避行動:発作が起こりそうと感じられる状況や行動の回避
- 身体的な病気や薬物などの摂取による影響で生じる症状ではない
- ほかの精神疾患では説明がつかない
パニック障害の対処法とは?
パニック障害の治療法としては「投薬」と「カウンセリング」の2つが挙げられます。
投薬でパニック発作をコントロールし、カウンセリングでパニック発作と付き合うスキルを身につけると、パニック発作の恐怖が和らぎます。それに伴い、予期不安・回避行動・機能障害も緩和されていきます。
投薬による治療
パニック障害の治療では、脳内の神経伝達物質を調整する「抗うつ薬」と「抗不安薬」が用いられます。
■抗うつ薬
抗うつ薬は、気分や感情を安定させる神経伝達物質「セロトニン」「ノルアドレナリン」の分泌を整えます。パニック発作や広場恐怖、うつや不安への効果が期待でき、依存性もないのがメリットですが、効果が出るまでに時間がかかります。
■抗不安薬
抗不安薬は、心身をリラックスさせるお薬です。パニック発作そのものを抑制する効果が高く、短時間での効果が期待できます。ただし、すぐに効果が出るからと使い続けると依存してしまい、薬をやめるときに離脱症状に悩まされてしまいます。
パニック障害の治療でメインとなるのは「抗うつ薬」ですが、抗うつ薬の効果が出るまでは抗不安薬を併用します。抗うつ薬の効果が十分に感じられたら、離脱症状が出ないように少しずつ抗不安薬を減らし、抗うつ薬のみを服用します。
薬でパニック発作をコントロールし、予期不安が解消されれば、抗うつ薬も徐々に減らしていきます。
カウンセリングによる治療
パニック障害には「認知行動療法」や「エクスポージャー」といった技法を用いたカウンセリングが実施されます。自己判断で取り組むと、不安や恐怖を強め、症状を悪化させるリスクがあります。専門家に相談して安全に進めていきましょう。
【認知行動療法】
認知行動療法とは、自分の「認知(考え方)」と「行動」のパターンを増やすことで、問題や症状を軽減する方法です。
たとえば、パニック障害の方は、「電車内で息苦しさを感じる」という出来事に遭遇すると、「このままでは死んでしまう!」という認知が生じ、恐怖や焦りなどの感情が湧き起こります。すると、危険を察知した交感神経が闘争・逃走反応を誤作動させ、パニック発作を引き起こします。
しかし、同じ状況でも「前にも同じことはあったけど死ななかった」「5分耐えればましになる」など考えられると、恐怖などの感情は和らぎ、パニック発作も起きません。
認知行動療法では、パニック発作につながらない認知を思い浮かべる練習に取り組みます。
【エクスポージャー(曝露療法)】
エクスポージャーとは、不安を感じる場面にあえて身を晒す「曝露」によって、「大丈夫だった」という体験を積み、その場面に慣れていくアプローチです。
1「不安階層表」を作成する
不安を感じる場面をできるだけ書き出し、不安が弱い場面から強い場面へと段階的に並べた「不安階層表」を作成します。
2.不安や恐怖がもっとも弱い場面に出向いてみる
まずは、「もっとも不安が弱い場面」で過ごしてみます。最初は不安が高まりますが、逃げずに留まっていると不安のピークは必ず過ぎ去ります。
3.何度も挑戦する
エクスポージャーは1回で終わりではありません。心や身体が「安全だ」「大丈夫だ」と学習できるように、何度も同じ場面にチャレンジします。
慣れてきたら、少し段階を上げた場面に進みます。
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まとめ
パニック障害は、一生の間に1〜3%の方がなりうる、意外と身近な病気です。
「過労が続いている」「生活リズムが乱れている」「周囲を気にしてしまう」など、自分がパニック障害になりやすい要素を持っていることに驚いた方もいるかもしれません。まだパニック障害になっていない方は、少しでもご自身の心身を安定させる生活をしてみてください。
今、パニック障害を抱えている方、あるいはご家族がパニック障害になった方も、不安を抱える必要はありません。ご紹介した通り、パニック障害には効果のある薬も治療法もあります。しかし、「早く治すぞ!」と意気込むと、心身が闘争モードになり、治療を妨げてしまうかもしれません。肩の力を抜いて、ひとつずつ取り組んでいきましょう。
<参考文献>
※1 稲田泰之(2020)パニック症と過呼吸 発作の恐怖・不安への対処法 講談社 p38.
※2 関陽一・清水栄司[監修](2016)パニック障害(パニック症)の認知行動療法マニュアル(治療者用)第2版p8