「生きづらい」「人づきあいが苦手」「理由もなく寂しいと感じる」これらの原因は愛着障害(アタッチメント障害)かもしれません。愛着障害というと子どものものと思っているかもしれませんが、最近では第5の障害ともいわれ、大人になっても苦しんでいる人は少なくありません。この記事では、原因や特徴、発達障害などとの違い、生き方を楽にする方法を専門家の新井寛規さんが解説します。
新井寛規さん
小規模フリースクール「ろぐはうす」センター長。小学校教員、児童養護施設児童指導員、学童保育士、市家庭相談員を経て、2018年大阪府に学習生活支援センターろぐはうすを設立。現在、大学教育学部非常勤教員、保育士・教員養成専門学校の教員、保育士国家試験予備校非常勤講師、市府県放課後支援員研修講師、市府県子育て支援員研修講師、保育教育児童福祉コンサルティング、啓発活動を行っているほか、「境界に生きるー。」(UTSUWA出版)などの著書も手掛けている。
愛着障害(アタッチメント障害)とは
愛着障害という言葉を聞いたことがありますか?
「愛着(アタッチメント)」とは、イギリスの児童精神科医のボウルビィ(John Bowlby,1907-1990)が提唱した”特定の人に対する情緒的な絆やつながり”という愛着理論(attachment theory)に基づいています。
同理論によると、人は愛着を生まれながらにして持っている訳ではありません。愛着とは、「周囲のモノや人に対して関わる嬉しさや楽しさ、場合によっては悲しさなどを、成長するにつれて経験し獲得していく能力」という捉え方をしています。
しかし、幼少期の周囲からの不適切な関わり(児童虐待やマルトリートメントなど)によって、愛着の獲得がうまくいかなかった場合、人とのコミュニケーションや恋愛、人間関係をうまく築くことが難しくなってしまいます。このように絆やつながりを持つことが困難な状態を、心理学では愛着障害と呼びます。
愛着障害は「病気の症状名」ではない
もしかすると、愛着障害を何らかの病名だと思っている人もいるかもしれません。しかし、一般的に愛着障害といわれているのは、心理学的な考え方です。医学的に愛着障害という言葉はありません。精神疾患とは別のものと捉えましょう。
「反応性アタッチメント障害」「反応性愛着障害」という精神疾患がありますが、名前は似ているものの愛着障害とは異なります。乳幼児(5歳以下)しか発症しないとされており、症状もかなり限定的です。
第5の障害といわれている
最近よく耳にする「障害」という言葉ですが、みなさんは障害の主な種別を知っていますか。厚生労働省「障害者の範囲」によると一般的に障害のある人は以下の4つに分類されます(実際はさらに細かく分類できますが、ここでは割愛します)。
- 身体障害
- 知的障害
- 精神障害
- 発達障害
厚生労働省「他の主な法律における障害者等の定義」によると、上記の4つはそれぞれ、身体機能、知能、精神状態、発達のばらつき(脳)などが原因で、日常生活の妨げになるものと定義付けられています。
しかし障害は、元々上記の4種類だった訳ではありません。例えば、発達障害は最近増えた障害の種別です。そして、近年、心理学者や児童福祉研究者の中には「愛着障害」が5番目の障害にあたるのではないか、という意見をもっている人もいます。
愛着障害は(そもそも愛着障害は医療用語ではないので一概にいうことはできませんが)、ほかの障害と同じように平穏な日常生活を妨げることが多いからです。
例えば、事故で片足を失った人の歩行が困難になる(身体障害)ように、虐待で愛着形成ができなかった人は本人が努力してもコミュニケーションが困難です。
さらに、下記の記事でも紹介しましたが、愛着障害が、脳機能にさまざまな影響を及ぼすことも分かってきました。
<関連記事:脳機能への影響についてはこちら>
福井大学の友田明美さんの研究によると、小児期に虐待を受けた経験を持つ人と経験がない人の脳をMRIで比較してみると、前者の方が海馬のサイズが小さくなっているほか、扁桃体や前頭前野といった感情や理性的な判断などを担う部位の変容が示唆されています。
つまり、児童虐待を受けると理性を保ったり、感情表現をしたり、他者とコミュニケーションをとることが難しくなるということです。
加えて、愛着障害の恐ろしさはいくつかありますが、その中でも大きな特徴として挙げられるのは本人に自覚がないことです。
愛着障害の人は、自分自身にその自覚がないため、自分の言動が相手に迷惑をかけていていることや、他者を傷つけていることに気が付きません。気がついていないので、当然自分で気をつけることすらできません。
その結果、知らない間にだんだんと集団から孤立し、最後には社会の中に居場所が完全になくなってしまうのです。
さらに、愛着障害の概念を知らない人がまだまだ多いため、周囲からも気付かれにくく、理解してもらえる可能性はかなり低いことも非常に難しいところです。
愛着障害/発達障害/HSPの違い・治療法
近年、生きづらさの原因として発達障害やHSP(ハイリー・センシティブ・パーソン/Highly Sensitive Person)を挙げられることがあります。愛着障害と発達障害、HSPはどのような違いがあるのでしょうか。
愛着障害について数々の執筆があり、山形大学で客員教授も務める精神科医の岡田尊司医師は著書の中で、愛着障害と発達障害は間違えられてしまうことが多いと書いています。
愛着を土台に、その後の情緒的、認知的、行動的、社会的発達が進んでいくからであり、その土台の部分が不安定だと、発達にも影響が出ることになる。愛着障害が発達障害と見誤られてしまうのも、一つにはそこに原因がある。
愛着障害と発達障害、HSPについて、できる限り違いが分かりやすいように下記に表を作成してみました(特徴などはあくまで一例です)。
愛着障害 | 発達障害 | HSP | |
---|---|---|---|
原因 | 大人(養育者)による虐待やマルトリートメント | 先天的(生まれつき)にある脳機能の問題 | 気質や性格的な要素が大きく影響している |
主な特徴(個人差あり) ※ここではあえてリスクをメインに記述しています。 | ・身体の弱さ ・こだわりが強い ・他害や自傷 ・不眠・虚偽的な発言 ・ためし行動 ・自尊心の低さ ・突発的な対応が苦手(反発) | ・落ち着きのなさ ・こだわりが強い ・感情表現があまり見られない ・集団行動が苦手 ・パニックを起こす ・行動の切り替えが苦手 | ・音や匂い、感覚等が過敏であり、ストレスを感じやすい。 ・喜怒哀楽などの感情の差が大きく、情緒不安になりやすい。 ・自己否定が強い・共感力が高い |
代表的な治療法や改善アプローチ | 子どもの場合:継続した大人との信頼関係(ラポール)の形成 大人の場合:愛情の再確認・自尊感情の向上・パートナーとの愛情構築 | ・投薬治療 ・カウンセリング ・生活習慣の見直し ・療育など | 本来は一生向き合っていく自己課題だが、疾患が併発している場合はそれに準じて投薬治療やカウンセリングを行う |
上記を見るとわかるように、区別がつきにくい原因は特徴が重なっているからでしょう。
とりわけ自尊感情が低い・対人関係の不安に陥りやすい・突発的な出来事に対応できないところは、それぞれの該当者は同じような反応を見せるかもしれません。反応や行動が同じであれば、誤診することもあるでしょう。
誤診のすべてが医師の責任であるとは思いませんが、原因が異なるということは、改善にむけたアプローチ方法が異なります。つまり、本当は愛着障害にも関わらず発達障害と診断して投薬による治療を行っても改善の効果は得られないのです。よって、できる限り誤診は避けたいところです。
愛着障害の特徴・症状をセルフチェック
近年、「もしかして、自分は愛着障害ではないか…」と悩んでいる大人は多いといわれており、私も増えていると感じます。なぜ大人の愛着障害に悩む方が増えたのでしょうか。
そもそも、愛着に関する障害は、医学的な視点から”子ども”が対象とされてきました。その原因は、児童虐待やマルトリートメントが深く関係しています。
しかし、考えてみてください。乳幼児期に虐待やマルトリートメントを体験した人が、その後、何もしなくても正常に愛着が形成されていくと思いますか? 大人になれば誰もがそのうち愛着を獲得できるものなのでしょうか。
答えはNOです。むしろ、異常な愛着のまま無自覚に過ごしている人が大半です。
もし、あなたが「愛着障害かもしれない」と考えているのであれば、すでに一歩、改善に踏み出しているといえます。
下記のセルフチェックリストは、よくいわれる愛着障害の典型行動です。あくまで例の一部ですが、参考にしてみてください。
- 情緒が不安定で、自己コントロールが難しい
- 愛情表現の仕方が分からない、あるいはパートナー等から分かりにくいと言われる
- 家族や友人などと適切な関係をなかなか築けない
- 家族や友人などと適切な距離感がわからない
- 友人などと継続した良好な関係がなかなか築けない
- 異性との恋愛がうまくいった試しがない
- 異性との恋愛の形が支配的、あるいは自己犠牲的
- 物事を白か黒かでしか考えられない
- ポジティブ、ネガティブ問わず、出来事への過剰反応が見られる
- 論理的思考が苦手で感情行動に走りやすい
- 何かにコツコツ取り組むことや、継続して取り掛かることが苦手
- 上司や親の言うことに、必要以上に従ってしまう
- 一度信用した人の言うことが全てと決めつけてしまう傾向がある
- 誰かへの敵対意識を常に持っている
- 欲求がほとんどない、あるいは過度に強い
- 自分を大切にする感情がほとんどない(自己犠牲心が強い)
- 職場や学校で孤立しやすい
- 警戒心や恐怖心が強く、人を避ける
- 人の言葉に深く傷つく
- 相手の反応を試すような言動が多い
- 自傷行為がみられる
- 小さな嘘をつくことがある
- 体が弱く、すぐに風邪症状や腹痛、頭痛が起こりやすい
- 食べる量が少ない
- イライラしていることや、おびえることが多い
- ちょっとしたことで、ひどく落ち込む
- 謝ることができない
- 自己評価が低く、「どうせ自分はできない」と言ってチャレンジしない
- 喜びや悲しみの反応が乏しい
- 「嫌われたらどうしよう」と、いつもびくびくしている。もしくは攻撃的になる
- 注意を引くために大げさな態度をとる
- その場にそぐわない、空気を読めない行動をとる
- 落ち着きがない
- 場にそぐわない乱暴な言葉を発したり、過激な考えに至りやすい
- 強情で意地っ張りである
いかがでしょうか?
多少はこれらに当てはまる人が多いと思います。私もそうです。ですが、自分の思い込みという可能性もあります。
できれば、自身でチェックするだけでなく信用できる人にも聞いてみてください。それでもやっぱり当てはまる項目がたくさんある場合は、自身の育った環境を今一度振り返ってみても良いかもしれません。
愛着障害の仕事への影響
では、私の経験による実話を基に、愛着障害を抱えている人がどのような行動を取ってしまい、愛着障害にどんな影響を受けているのか、より具体的なケースを考えてみましょう。
愛着障害はプライベートのみならず生活の中のさまざまなシーンに影響を及ぼします。
その1つが仕事です。仕事で起きがちなトラブルとしては、「主に上司・部下との人間関係が築けず、意思疎通ができない」「論理的思考ではなく感情で行動してしまい失敗してしまう」などが考えられます。
上司や部下と人間関係がうまく築けない
上司、同僚、部下は、実は非常に複雑な関係性の上で成り立っています。よくあるのが、上司の言うことを必要以上に鵜呑みにして業務命令を過度に遵守しすぎ、過剰に自己犠牲を払ったり、部下に過剰に介入したりすることがあります。
クライアントとトラブルを起こす
愛着障害の人は非常にデリケートな心を持っています。普段なら聞き流してしまうようなクライアントや商談相手の言葉を深読みしてしまったり、感情に任せて仕事をしたりしてトラブルになりがちです。
特に、クライアントが家族やカップル、あるいは異性の場合は、感情をより揺さぶられてしまい、トラブルの元になることもあります。
そもそも、何かを継続して取り組むことや、継続して良好な関係を築いていくことが苦手な方も多いため、重いケースになると仕事を転々とした結果、その日暮らしになってしまう人もいます。
愛着障害の友人・恋人・家族への影響
友人・恋人・家族等の比較的近い人間関係内では、仕事関係よりも深い悩みやトラブルが考えられます。何故なら職場などと違い、利害関係のないプライベートな場でのコミュニケーションだからです。
急にカミングアウトしてしまう
友人との距離感が分からず、急に接近したり離れてみたりするため、周囲から「変わった人」「関わりづらい人」というレッテルをはられることもあります。
また、よくあるのが急なカミングアウトです。そこまで仲良くなっていない人に対して、「実は母親に虐待されていた」「両親が離婚しており、離れて暮らす妹がいる」「精神疾患をもっている」など、よほど仲良くなければ他人に話さないようなプライベートな情報を突然開示します。
開示された人が、いわゆる「器の大きい人」「おおらかでこだわりの少ない人」ならば、受け入れて聞いてくれるかもしれません。しかし、大抵の場合はどう対処していいか分からず、関わり方に困って距離をとってしまうかもしれません。
これは子どもにおける”ためし行動”と同じ心理といえます。自己肯定感の低さなども相まって「こんな自分でも受け入れてくれるのか」を確認する作業なのかもしれません。
拒絶することで安心感を得る
長い付き合いの相手や親切にしてくれる人と出会っても、基本的に「どうせ自分なんて愛されるわけがない」「今は親切でも、もしかすると騙されているのかも」と考えてしまう方もいます。そして「傷つくくらいなら、先に傷つけてしまおう」と考え、相手を拒絶したり攻撃したりします。
しかも、拒絶されると、「ほらね、やっぱり自分なんて愛されない」と、ある意味予測した未来のループ(嫌われること)に安心さえしてしまうのです。相手がどう思うかは別として、本人が本心から嫌いで拒否するケースは少ないといえるでしょう。
愛着障害の心身への影響
愛着障害は二次的な病気や障害に繋がってしまうケースがあります。
- うつ病
- 心身症
- 不安障害
- 摂食障害
- 睡眠障害
- 自律神経失調症
- 境界性パーソナリティー障害
上記のような症状を発症するケースも、珍しくありません。これらの疾患リスクは、虐待を受けた子どもたちと、とても似ています。原因(幼少期に愛着を得られなかった)が似ているため、当然かもしれません。
ほかにも、愛着障害を抱えているために、自分に子どもができてもわが子にどうやって接していいのか分からないというケースも少なくありません。
私の経験上、虐待をしている親自身が虐待をされていた経験があり、愛着障害を抱えているという話は少なくありません。愛着障害を抱えた大人が自分の子どもにも負の連鎖を引き継いでしまうこともあるのです。
では、このような連鎖を断ち切るために出来ることはあるのでしょうか? 次の段落でその方法について考えていきましょう。
愛着障害が生きやすくなる3つの方法
あなたが仮に愛着障害だとしたら、もう為す術はないのでしょうか?
いえ、そんなことはありません。私自身の経験でも、愛着障害を克服してきたケースを多く見てきました。今回は、愛着障害の大人が生きやすくなるような考え方を3つ紹介します。
自分の生い立ちと「愛されていた」経験を見つめなおす
親からの愛情を受けた経験を思い返したり、自覚することで、安定することがあります。また、子どもの頃は分からなかった親の隠れた思いや、分かりにくい愛情表現が大人になれば理解できることもあります。人によっては辛いことかもしれませんが、「愛されていた」という経験を思い返すことはとても大事なことです。
安心できる環境をつくる
できそうでなかなかできないのが、「安全基地」すなわち、心から安心できる環境をつくることです。これは一人の時間でも、お店などの場所でも、コミュニティなどでも構いません。また、音楽を聞く、読書をする、スポーツをするなど、何かをする時間でも構いません。
安心できることをしているうちに良い友人やパートナーができるかもしれません。
自身のことを開示しても受け入れてくれる人(頼れる存在)がいる場所があれば、自分のアイデンティティを形成していく大きな助けとなるでしょう。
つまりは、人とのつながりが、愛着を徐々に獲得していくのです。
専門家に相談する
愛着障害の克服は、まず自覚することから始まります。その後、自分の半生を見つめなおしたり、人との適切なつながりを持ったりしながら、小さな愛情を一つひとつ受け取っていくことが重要です。
ただ、行動になかなか移すきっかけがない方や、自覚したくない方が多いことも事実です。そんな方は、愛着に詳しい専門家に相談することも一つの方法でしょう。「悩ミカタ相談室」でも、経験豊富な資格をもったカウンセラーが対応してます。
まとめ|愛着障害を考えることで得られること
この記事では、大人の愛着障害について解説しました。
愛着障害の人にとって大事なことは、”人に頼ること”を経験することです。正常な愛着の獲得ができていない方にとっては、大変難しいことかもしれませんが、人は一人では生きていけません。少しずつで良いので、他人を信じることが大切です。
最後まで読んでくれた人の中には、「やはり自分は愛着障害ではないか」と思った人がいるかもしれません。
しかし、愛着に問題があったとしても人生が終わってしまうと悲観する必要はありませんし、改善する人も多くいます。今のあなたは結果ではなく、生活も状態も状況も変えていける存在です。
愛着の問題は非常にデリケートですが、人間という生き物の本質でもあります。
少し俗っぽい言い方をすると、人は愛がなければ生きていけません。愛情を与え、受けながら、そこに温かさを感じて歩んでいく生き物だと思います。私自身も、過去に「もしかして自分は愛着障害なのかも…」と考えたこともあります。
「愛」は人それぞれ形が違うものですし、答えはないのかもしれません、しかし、当時のことを思い返すと、パートナーや友人、親との関係を考え直す良いきっかけになったと思っています。
パンデミック、紛争、対立、虐待などが溢れる世の中だからこそ、愛着について考えることは、現代人に最も必要なことなのかもしれません。