「トラウマ」「PTSD」は、心に深い傷を残す体験によって引き起こされる精神的な状態です。これらを克服するには、トラウマやPTSDについて正しく理解し、自分に適した対処法を知ることです。
本記事では、トラウマの定義や原因、PTSDとの関係、そして改善方法について詳しく解説します。トラウマを克服したい方、トラウマで苦しんでいる人を理解したい方はぜひご覧ください。
梅田ミズキさん
認定心理士、サービス介助士。大学で臨床心理学・産業組織心理学・発達心理学などを学び、卒業後は公的施設にて精神疾患の方のケアや介助業務、ご家族の相談対応などに従事しながら、ホームページ掲載用のコラムやミニ新聞を執筆。現在はフリーライターとして独立し、くらしにまつわるエッセイの執筆、臨床心理・発達支援・療育関連のコンテンツ制作および書籍編集に携わりながら、心理カウンセラーも務めている。趣味は読書、映画鑑賞、気まぐれで向かうプチ旅行。
トラウマとは
トラウマは、心に深い傷を負うほどのつらい体験を指します。定義や症状について詳しくみていきましょう。
心理学的な定義
「トラウマ」はギリシャ語で「傷」を意味し、日本語では「心的外傷」と訳されます。具体的には「生死に関わるような突発的な破局的体験によって受けた心の傷」です。元々は、オーストリアの心理学者および精神科医のフロイト(Sigmund Freud)が「心の傷」の意味で使い始めました。
トラウマは、個人の気質や認識ではなく、過去の出来事から生じた心的外傷です。また、トラウマをもたらすきっかけの経験や事象を「トラウマ体験」と呼びます。
代表的な症状
トラウマの症状は多岐にわたりますが、代表的なものには以下があります。
- フラッシュバック:トラウマ体験が、突然鮮明に蘇る
- 悪夢や不眠:トラウマに関連する悪夢や睡眠障害
- 回避行動:トラウマを思い出させる状況や場所を避ける
- 過覚醒:常に警戒状態にあり、些細な刺激に過剰に反応する
- 感情の麻痺:喜怒哀楽を感じにくくなる
- 自尊心の低下:自分を価値のない存在だと感じる
上記のほか、動悸や筋肉の震え、頭痛、腹痛、吐き気、めまい、発汗、呼吸困難など、身体症状に現れるケースもあります。いずれも、個人によって現れ方や程度が異なるのが特徴です。
トラウマになる原因とメカニズム
トラウマは、個人の心理的な対処能力を超える出来事によって引き起こされます。その原因や発生メカニズムを理解することは、トラウマからの回復に向けて大切な第一歩です。
トラウマの原因「トラウマ体験」とは
トラウマ体験とは、トラウマとなった出来事の不快かつ苦痛な記憶が突然蘇ってきたり、悪夢として反復されたりする状態です。記憶が蘇る際にひどく動揺したり、動悸や発汗などの身体生理的反応を伴ったりします。
▼トラウマ体験の一例
- 自然災害(地震、津波、台風など)
- 事故(交通事故、火災など)
- 犯罪被害(暴力、性的虐待、誘拐など)
- 戦争や紛争
- 深刻な病気や怪我
- 愛する人との死別
一方で、トラウマを引き起こすのは、必ずしも衝撃的で非日常的な事態のみに限定されるわけではありません。例えば、いじめや虐待、過酷な職場環境など、過度のストレスが続く状況もトラウマのきっかけになり得ます。
重要なのは、同じ出来事でも個人によってトラウマになるかどうかは異なるという点です。その人の過去の経験、性格、サポート環境などによって、トラウマ体験の影響は大きく変わります。
トラウマのメカニズム「トラウマ反応」について
トラウマ反応は、トラウマ体験に対する心身の防衛反応です。このメカニズムを理解できれば、トラウマ症状の背景にある理由がわかります。
トラウマ反応の主な経過は、次の通りです。
再体験
トラウマを体験した際の鮮烈な記憶が、フラッシュバックや悪夢として現れたり、思い出した際に精神的・身体的苦痛を感じたりする反応です。
過覚醒
危険に対して過敏になり、常に警戒状態を保つ反応です。交感神経系が活性化し、心拍数の上昇、呼吸の変化、筋肉の緊張、睡眠障害や集中力の低下、イライラなどが起こります。
回避
トラウマを思い出させる状況や刺激を避ける反応です。苦痛を感じる記憶や思考、感情、場所を避けるため短期的には心理的な安定をもたらしますが、長期的には問題解決を妨げる可能性があります。
これらの反応は、本来は危険から身を守るための適応的なメカニズムです。しかし、一見トラウマと関連のない状況下でも苦痛や緊張が持続するため、日常生活に支障をきたす場合があります。
トラウマの記憶がバラバラになった状態が一時的に保管される場所が、記憶や認知機能を担う海馬です。断片化された記憶が強く残ってしまうのを防ぐには、心身ともにリラックスした状態で「何も起こらなかった」と記憶や経験を塗り替えていくことを要します。
ところが、実際にトラウマがある状態では緊張や興奮状態が続き、さらに「再体験」を避けるために「回避」するため、苦痛な記憶がさらに強くなってしまいやすいのです。
トラウマとPTSD
トラウマとPTSD(心的外傷後ストレス障害)は密接に関連していますが、同じものではありません。それぞれについて詳しくみていきます。
トラウマとPTSDは同じもの?
PTSDは、Post Traumatic Stress Disorder(心的外傷後ストレス障害)の頭文字を取った言葉です。トラウマが「心的外傷そのもの」に対し、PTSDは「トラウマを抱えた方が診断基準を満たした場合に医師が付ける診断名」と考えるとわかりやすいかもしれません。
すべてのトラウマ体験がPTSDに繋がるわけではありませんが、PTSDの原因はトラウマ体験です。
複雑性PTSDとは?
「トラウマを引き起こすきっかけはショッキングで非日常的な事態のみとは限らない」と前述しましたが、非日常的な事態はなく「慢性的な心の外傷体験」が原因で出現するのが、複雑性PTSDです。国際疾病分類第11回改訂版(ICD–11)にて、診断項目として新しく採用されました。
複雑性PTSDでは、主に次のような症状がみられます。
- 通常のPTSD症状(再体験、回避、過覚醒)
- 感情のコントロールが困難
- 対人関係の問題
- ネガティブな自己認識
複雑性PTSDの症状は、PTSDと共通する症状も多くみられます。しかし、トラウマ体験について「自分が悪かったからあんなことが起きた」「あんな目に遭うなんて、自分はなんて恥ずかしい人間なんだ」などと自己を否定しやすいほか、感情をうまくコントロールできない、他者との心地よい距離感が掴みにくいなど、対人関係に困難を感じやすいという傾向があります。
発達性トラウマ障害とは?
発達性トラウマ障害(DTD)は、幼少期の反復的なトラウマ体験によって引き起こされる複雑な症状を指します。虐待やネグレクト、家庭内暴力などの「養育環境におけるトラウマ」によって引き起こされることが多いのが特徴です。
主な特徴は次の通りです。
- 感情や行動のコントロールが困難
- 生理的制御が困難
- 注意と行動の制御が困難
- 自己と関係性の制御が困難
具体的には、恐怖や怒りの感情が極端でコントロールできなかったり、生活リズムの調整が困難だったりします。また、自暴自棄になりやすく、自傷行為に走ってしまう方も少なくありません。さらに、自分を責める一方で大人への不信感を募らせたり、他者へ反射的に暴力をふるってしまうこともあります。
脳の発達途上で受けたトラウマは、成人期まで影響を及ぼしかねません。そのため、早期発見と適切な介入が重要といえます。
トラウマは自分で対処できる?
トラウマへの対処は、精神科医や臨床心理士など専門家による適切な診断と治療が基本です。しかし、専門的な治療と並行して実践できるセルフケアもあります。
セルフコンパッション
経験を良い・悪いで判断せず、自分自身に優しい気持ちを向けて「あるがまま」を受け入れるセルフケアです。アメリカの心理学者クリスティーン・ネフ博士が、自身の瞑想の経験からセルフコンパッションを概念化し、日本でも注目されるようになりました。
トラウマ体験から浮かぶイライラや恐怖、不安などの感情も「怖かったね」「つらかったね」とそのまま受け止めていきます。自分だけでなく他人の失敗にも寛容になり、メンタルの回復力が上がるほか、他者とのコミュニケーションがはかどりやすいといわれている手法です。
身体的アプローチ
身体的なアプローチを実践して、リラックス効果に繋げていくセルフケアです。日常的に行うことで、ストレスや不安を軽減する効果が期待できます。
手軽にできる身体的アプローチの一つが、自分で身体の部位を優しく叩いて不安やストレスの緩和を目指す「タッピング」です。トラウマから起因する不安や怒りを思い浮かべながら行うと、ストレスの緩和に繋がるとされています。
タッピングの他にも、副交感神経が優位になるのをサポートする「呼吸法」や、心身の緊張をほぐしてマイナス思考を和らげる「筋リラクゼーション法(漸進的筋弛緩法)」なども、トラウマへの効果が臨めるセルフケア法です。
ただしこれらのセルフケアは、専門的な治療の補完的な役割を果たす方法です。症状が改善しなかったり悪化したりする場合は、自己判断でセルフケアを継続するのではなく、必ず専門家に相談しましょう。
トラウマの治療法
トラウマの治療には、個々の状況や症状に応じてさまざまなアプローチがあります。主に、薬物療法と心理療法の2つです。
薬物療法
トラウマからくる不安や恐怖、イライラなど、不安定になった感情や行動を調節するために、精神科や心療内科から薬を処方される場合があります。
薬物療法で、トラウマそのものが治るわけではありません。しかし、薬の服用が不安定な気持ちや行動をコントロールする助けになれば、より治療に取り組みやすくなります。
第一選択薬として使われるのは、パキシルやジェイゾロフトなどの「選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)」です。他にも「セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬」「非定型抗精神病薬」「気分安定薬」「交感神経遮断薬」が処方される場合もあります。
いずれにしても、抱えているトラウマや体質によっては副作用が強く出る恐れがあるため、医師の診察や本人の希望に沿って決めるのが適切です。
心理療法
心理療法は、トラウマ治療の中核をなす重要なアプローチです。主な心理療法には、次のようなものがあります。
眼球運動脱感作療法(EMDR)
両側性の刺激(通常は眼球運動)を用いて、トラウマの記憶を処理する方法です。トラウマ記憶の情報処理を促進し、その影響を軽減させる効果があるとされています。
EMDRは、起こったできごとのすべてをこと細かく語る必要がありません。そのため、患者にとって非常にストレスの少ない方法とされています。
治療の手順は、次の通りです。
- トラウマの原因になった過去のできごとをイメージしてもらう
- セラピストが左右に振る指を目で追う「眼球運動」を実施
- セラピストの問いかけに思い出すことがあれば眼球運動を再度行う
EMDRは、患者の脳の本来の力を引き出すことを目的としています。そのため、セラピストにマインドコントロールされるなどのおそれはないと考えられます。
持続エクスポージャー療法(PE)
トラウマ記憶や関連する状況に段階的に触れることで、不安や恐怖を軽減させる方法です。
治療は、主に次の手順で実施されます。
- 心理教育:トラウマ反応などについて学ぶ
- 現実エクスポージャー:不安や恐怖が引き起こされないように回避している人・状況・行動・場所などについてどれくらい不安なのかを明らかにし、不安の少ないものから接触していく
- 想像エクスポージャー:トラウマの記憶を思い出しながらセラピストへ語る
- 振り返り:想像エクスポージャーの完了後「過去に触れても大丈夫だった」ことを話し合う
トラウマなどの刺激で不安や恐怖が生じた場合、その刺激を回避することで慢性化や悪化の要因になるケースがあります。その場合、回避を中止する、つまり「自然な形で刺激に触れる」のが効果的です。
認知処理療法(CPT)
トラウマの症状やそれに伴い生じる抑うつ状態、強い罪悪感を改善する効果が期待できる方法です。トラウマからの回復を妨げる考え方を修正することで、緩和に繋げます。
治療の手順は、次の通りです。
- 心理教育:トラウマや認知処理療法の知識を学ぶ
思考や感情の観察:自分自身の心の動きを観察する練習をする - トラウマの整理:「トラウマ体験がなぜ起きたか」「その体験で自分がどう変わったか」を考える
- スタックポイントを探す:トラウマ体験から、回復を阻んでいるスタックポイントを探す
- 5つのテーマから認知を見直す:トラウマ体験によって影響を受けやすい「安全、信頼、力とコントロール、価値、親密さ」というテーマから、自身の抱いている考え方を見直していく
CPTは、1回50分、全12セッションで実施されます。短い期間だからこそ集中して取り組めるのがメリットです。
研究途上の治療法
トラウマ治療の分野では、過去と向き合う方ができるだけ負担の少ない状態で受けられる方法も出てきています。現在も研究途中のため、有効性の根拠はまだ明確ではありませんが、新たな手法の開発や既存の方法の改良版として注目されている治療法です。
ソマティックエクスペリエンス(SE)
自律神経系のバランス回復を通じて、トラウマを治療する方法です。創始者ラヴィーンが、野生動物が危機後に過剰エネルギーを放出し日常に戻れる点に着目したことで生まれました。
「今、ここの安全」を確かめながら身体的な反応やイメージを少しずつ追いかけていき、徐々にトラウマのエネルギーを解放していきます。「身体感覚」に注目し、自然にエネルギーを解放することで回復を目指す動物の自然なプロセスを、人間にも応用した試みです。
ブレインスポッティング
眼球運動脱感作療法(EMDR)から派生した心理療法です。セラピストなどの治療者が、患者の呼吸や目の動きを観察しながら、特定の視線位置を見つけ出します。
その位置に視線を固定したまま、クライアントはトラウマ記憶や関連する感情、身体感覚に注意を向けます。この過程を通じて、トラウマ記憶の処理と統合が促進されると考えられている手法です。
ブレインスポッティングは、EMDRよりも身体感覚に重点を置いており、言語化が難しいトラウマや複雑なトラウマにも効果があるとされています。しかし、まだ研究段階のため、その効果や作用メカニズムについてはさらに検証が必要です。
ボディスキャン瞑想
身体のさまざまな部位に意識を向け、スキャンするように身体感覚をありのまま感じ取る、マインドフルネス瞑想の一種です。トラウマの記憶に意識を向けることはないものの、心身のリラックス効果や脳の疲労軽減、不安低減などの効果が期待できます。
経頭蓋磁気刺激(TMS)
MRIなどと同じように人体に無害な磁気を用いて深部脳に直接刺激を与え、身体に負担を与えずに脳を活性化するとされている方法です。電流を脳神経細胞に働きかけることで、バランスが乱れた脳機能を整えると考えられています。主にうつ病に用いられますが、PTSDの治療への有効性も注目されているのが特徴です。
まとめ
トラウマは深刻な心の傷ですが、適切な理解と対処で克服を目指せます。そのためには、一人で抱え込んだり自己判断でうやむやにしたりせず、必要に応じて専門家の助けを借りることが重要です。
なお、トラウマ治療をする際は、十分に確立された治療法を優先的に検討してください。新しい方法については、医師や専門家と相談のうえ、慎重な判断が求められます。
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【参考】
トラウマ(心的外傷)|心の耳 厚生労働省
PTSD / 心的外傷後ストレス障害|e-ヘルスネット 厚生労働省
PTSDとは|日本トラウマティック・ストレス学会
複雑性PTSDの診断と特徴,および治療|日本心理学会
セルフ・コンパッションと「あるがまま」|日本心理学会
EMDRとは|日本EMDR学会
エクスポージャー療法|e-ヘルスネット 厚生労働省
PTSDに関する認知処理療法|認知行動療法センター
ブレインスポッティング:新しい複雑性PTSDへの心理療法|精神神経学雑誌オンラインジャーナル