人生の中盤にさしかかる年齢までになると、さまざまな人との別れを経験することが増えてきます。
親や親しい友人、パートナーなどそれまで共に過ごしてきた人の存在を失うことは、自分が生きてきた基盤が揺らぐほど感覚を伴う事もあります。特に長い時間を共に過ごした身近な相手を失った場合、その悲しみは深く、共に過ごした時間が長ければ長いほど、自分自身の生き方や考え方まで見つめ直す必要に迫られることもあるでしょう。このコラムでは大切な人を亡くした時に直面する心理的な過程と、それにどう向き合っていくかについてお伝えします。
藤原美保さん
公認心理師、介護福祉士、保育士、健康運動指導士の資格保有、療育支援に携わること20年以上。
放課後等デイサービスを運営する中で発達障害児童、そのご家族の悩みも含め相談やカウンセリング対応を10年以上行う。自己肯定感が低い、親から虐待を受けた過去に悩む方からの相談なども多数対応。
これまでに、『発達障害の女の子のお母さんが、早めに知っておきたい「47のルール」』(エッセンシャル出版社)、『発達障害の女の子の「自立」のために親としてできること 』(PHP研究所)と2冊の本を執筆。現在も出版に向け本の執筆をつづけている中、子育てのポータルサイトにて発達障害の子の子育てコラムを連載中。
大切な人の死から立ち直れない時の心理状態
大切な人を亡くした場合、その悲しみは深く立ち直るのに時間がかかるものです。立ち直るのに時間がかかるのは自然なことで、その背景にはさまざまな不安や心理的な要因が絡んでいます。深刻な場合には専門的なサポートが必要となることもあります。ここでは、主な心理的な要因をいくつか挙げてみます。
複雑性悲嘆(遷延性悲嘆症)
大切な人を失った悲しみが、半年から一年以上も強く続き、日常生活に深刻な影響を及ぼすことがあります。これを「複雑性悲嘆」と呼びます。喪失感や後悔が長期間にわたり続き、うつ状態を引き起こすこともあります。特に50代の女性の場合、更年期障害が影響し、心身のバランスを崩しやすくなることがあります。そのようなときは、無理をせずに専門医に相談し、適切なサポートや治療を受けることが大切です。
未完了の感情
故人との関係において未解決の問題があった場合、例えば、約束や解決できなかった対立などがあると、立ち直るのが難しくなる場合があります。気持ちの中で「こう約束したのに…」「あの時もっとこうしていれば」などの自分の対応に後悔という未完了の感情が強く影響し、立ち直ることを難しくする場合があります。
アイデンティティの喪失
長年にわたって関係性を築いてきた場合、特にパートナーや親子関係の場合、共に過ごした時間や経験が自分の一部となっていたため、その喪失は自分自身の存在意義にまで影響があります。生活の基盤が崩れどのように生きていけばよいのか分からなくなることがあります。
孤独感とサポート不足
中年期以降、社会的なつながりや支援が薄れやすくなることがあります。特に、身近な人が社会とのパイプ役を担っていた場合、その人を失うことで周囲からのサポートを受けにくくなり、孤立感が深まってしまうことがあります。一人で悲しみを抱え込み、気分転換も難しくなり、結果として回復が遅れてしまうことがあります。
将来に対する不安
経済的、精神的に自分の生活を支えてくれていたパートナーや親を失うと、将来に対する大きな不安や恐怖を感じることがあります。「これから一人でどうやって生きていけばいいのだろう」「自分は本当に大丈夫だろうか」といった思いが、悲しみをさらに深めてしまうことがあります。
死別の悲しみから立ち直るまでの心の動きや過程とは?
大切な人を失ったとき、人はさまざまな心理的なプロセスを経て、少しずつ悲しみを乗り越えていきます。この「グリーフプロセス(悲嘆過程)」は、個人によって時間や感じ方に大きな違いがありますが、一般的には次のような段階を経験することが多いとされています。
否認(ショック)
最初の段階では、現実を受け入れることが難しく、パートナーの死を否定したい気持ちが生じます。「こんなことが起きるはずがない」「まるで悪い夢を見ているようだ」といった現実感のなさや、信じられない感情が伴うことが多いです。これは心が大きなショックから自分を守ろうとする自然な反応です。
怒り
次の段階は怒りです。理不尽な現実に対する怒りが湧き上がる事があります。「なぜ自分だけがこんな目に遭うのか」「どうしてあの人がいなくならなければならなかったのか」といった怒りは、亡くなったパートナーや周囲の人々、時には自分自身に向けられることもあります。この怒りは、悲しみの一部なのです。
交渉
「もしあのとき、もっと早く気づいていれば」「あの治療法を試していれば」といった後悔や、「何とかしてこの状況を変えられないだろうか」という思いから、過去の行動を悔やみ、やり直せないかと考えることがあります。これは現実を受け入れることの難しさから生まれる心の動きです。
抑うつ(悲しみ)
深い悲しみや喪失感が押し寄せ、人生の意味を見失ったように感じることがあります。無力感や孤独感が強まり、日常生活に支障をきたすこともあります。この段階では、自分の感情に素直になり、無理をせずに過ごすことが大切です。
受容
最終的には、大切な人がいない日常生活に少しずつ慣れ、死に対しても平穏を感じ始める段階です。これは必ずしも「悲しみを完全に乗り越えた」という意味ではなく、亡くなった大切な人との時間を自分の人生の一部として受け入れ、新たな生活に順応する力が養われることを意味します。
このグリーフプロセスは人によっては長く続くこともあり、感情の揺り戻しなど、特定の段階を何度も繰り返すこともあります。不眠や体調を崩すなど、日常生活にさまざまな影響を及ぼすため、専門家に相談することをおすすめします。
大切な人の死を乗り越えるためにできる対処法とは?
大切に思う相手を失うことは、人生で最も辛い出来事の一つです。特に40代、50代でパートナーの病死などを経験された方は、その喪失感は計り知れないものがあります。その悲しみから立ち直るためには、心のプロセスを丁寧にたどり、適切な対処法を取り入れることが大切です。
ここでは、心の負担を軽減し、少しずつ前に進むための「認知行動療法」についてお話しします。認知行動療法は、ご自身のペースで悲しみと向き合い、将来に向けて一歩を踏み出すための有効な手段です。
認知行動療法が役立つ理由
①ネガティブな思考パターンへの対処
パートナーの死をきっかけに、未来に対する絶望感に囚われてしまうことがあります。「もう二度と幸せになれない」「生きていく意味がない」といった思考が頭を占めてしまうこともあるでしょう。認知行動療法では、このようなネガティブな思考パターンを客観的に捉え、より現実的で柔軟な考え方に修正していくことを目指します。
例えば、自分の感情や思考を日記に記録することで、自分の状態を客観的に把握します。「今日は故人のことを思い出して一日中泣いていた」といった具体的な出来事や感情を書き留め、ネガティブな思考パターンを特定します。そして、「今は辛いけれど、時間が経てば少しずつ気持ちが楽になるかもしれない」といったように、希望を持てる考え方に置き換えていきます。
②回避行動の克服
辛い感情から逃れるために、故人の思い出に触れることを避けたり、孤独感を深めるような行動を取ってしまうことがあります。認知行動療法では、少しずつこれらの状況に慣れていくための具体的な方法を実行し、回避行動を克服していきます。
例えば、最初は故人の写真を見ることから始め、徐々に故人の部屋に入ったり、思い出の場所を訪れたりするなど、ステップを踏んで取り組みます。この「漸進的曝露」によって、辛い状況に対する耐性を高め、感情をコントロールする力を養います。
③感情の表現
悲しみや怒り、孤独感など、さまざまな感情が渦巻く中で、それらを適切に表現することが難しくなることがあります。認知行動療法では、安全な場で感情を表現する練習を行い、感情のコントロール方法を習得します。
日記に感情を書き出す、信頼できる人に気持ちを話す、グループセラピーに参加するなど、自分に合った方法で感情を表現してみましょう。感情を言葉にすることで、心の中が整理され、少しずつ前に進む力が生まれます。
④日常生活への復帰
特に生活を共にしていたパートナーが亡くなった場合、食事の時間が変わったり、趣味を中断したり、睡眠に悩まされたりと、日常生活のリズムが大きく変わってしまうことがあります。認知行動療法では、健康的な日常生活を取り戻すための具体的な行動計画を立てて実行していきます。
例えば、「食事の準備が面倒で栄養バランスが偏っている」という問題に対して、「簡単に作れるレシピをいくつか用意する」「冷凍食品を活用する」といった具体的な解決策を考えます。小さな一歩を積み重ねることで、生活リズムを取り戻していきます。
⑤マインドフルネスの活用
近年では、認知行動療法と併用して「マインドフルネス」が取り入れられることも増えています。マインドフルネスでは、過去の喪失感や将来の不安に囚われるのではなく、今この瞬間の感覚や感情を受け入れる練習をします。これにより、悲しみや不安に圧倒されることなく、感情を健全に管理する力を養うことができます。
大切な人の死から立ち直れないときの相談先
大切な人を亡くした悲しみは、一人で抱え込む必要はありません。同じような辛さを抱えている人は少なくなく、さまざまな相談先やサポートを利用することが大切です。
①精神保健福祉センター(都道府県や市区町村が運営)
自治体が運営する精神保健福祉センターでは、心の問題に関する相談が可能です。大切な人を亡くしたときの悲嘆やストレスに対するカウンセリングも受けられることが多く、必要に応じて専門の医療機関やカウンセラーに紹介されることもあります。
②自治体の相談窓口(市役所・区役所)
多くの自治体には、住民向けの「心の健康相談窓口」があります。市役所や区役所の健康福祉課、保健センターなどで、専門の相談員が対応してくれます。特に、自治体によっては、グリーフケアを専門に行う相談窓口を設置している場合もあります。
③病院の精神科・心療内科
深刻な複雑性悲嘆や精神的な症状が現れている場合、精神科や心療内科での診療が有効です。医師による診断や薬物療法が必要な場合もあり、適切な治療を受けることができます。特に、うつ症状や不安が長引く場合は早めの受診が勧められます。
④民間のカウンセリングサービス
民間のカウンセリングルームや心理療法士、公認心理師などの個別カウンセリングも選択肢の一つです。
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「悩ミカタ相談室」では、喪失感や悲しみに対する専門的なサポートを受けられるほか、グリーフケアに特化したカウンセラーも存在します。予約制で、電話やオンラインのカウンセリングも可能です。
自治体によっては、地域密着型のグリーフケアプログラムや無料のカウンセリングサービスが提供されていることもあります。まずは自治体のウェブサイトや市役所の窓口で「心の健康相談」「グリーフケア」「喪失支援」などの情報を確認してみましょう。精神保健福祉センターに問い合わせて、地域で利用できる専門的なカウンセリングを確認する方法もあります。
大切な人の死から立ち直れない方へのメッセージ
心の中で深い悲しみや喪失感を抱えている場合、無理に前をむこうとしたり、自分を責めたりすると余計にうつ症状を併発したり、感情がこじれる場合があります。辛い時間ではありますが悲しみの感情が薄らぐにはある程度の時間が必要です。それは決して無駄な時間ではなく、自分がその人をどれだけ大切に思っていたかを見つめる時間でもあります。大切に想っていた相手が亡くなった場合に、孤独感や不安を感じるのはごく自然のことです。
まずは、ご自身の感情を否定せず認めましょう。その感情を表現することは、心の回復に向けた第一歩です。誰かに話すこと、日記を書くこと、または静かに思い出を振り返ることは、これまでの人生を見直す事かもしれません。
以前カウンセリングに来られた方の中に自分の気持ちをブログに書き綴っていたところ、同じような境遇の方からコメントが寄せられ、逆に励まされたという方がいらっしゃいました。
周囲にいる家族や同じような境遇の友人、または専門のカウンセラーに助けを求めることは、自分自身を大切にするための重要な行動です。
立ち直るということは、亡くなった方との思い出と絆を自分の心の中で大切にしながら、日常生活を少しずつ取り戻していくことです。大切なことは必要な時には専門的なサポートを受け入れ、自分の心と身体の健康取り戻し社会生活を継続する事です。