何かに没頭した後、疲労して意欲をなくしてしまう燃え尽き症候群。親の場合、自分のことだけではなく、子どもの受験や発表会、部活の退会など、イベントに向かい二人三脚でがんばってきた後に親子ともどもバーンアウトしてしまうこともあります。
燃え尽き症候群になりやすい人の特徴や症状のチェックリスト、回復するために自分や家族ができる対処法を公認心理師の吉田純一さんが解説します。
吉田純一さん
公認心理師。36年間の中学校教員を経て、現在は教育現場で児童生徒、保護者、教職員のカウンセリングを行っている。今まで受けた相談件数は500件以上。
燃え尽き症候群(バーンアウト)とは
燃え尽き症候群(バーンアウト)とは、アメリカの精神心理学者であるハーバート・フロイデンバーガーにより提唱された症候群です。厚生労働省によると、燃え尽き症候群は、次のように定義されています。
それまでひとつの物事に没頭していた人が、心身の極度の疲労により燃え尽きたように意欲を失い、社会に適応できなくなること。
これまで、仕事や勉強、資格取得や能力・技術の向上、スポーツ等の目標達成に向けて、ひたむきに取り組んでいた人が、極度の心身の疲労から、突然にやる気を失ってしまう状態です。
燃え尽き症候群の具体的なケースと共通点
例えば、下記のケースは燃え尽き症候群といえるでしょう。
わが子は、幼いころから文字や知識の習得が早く、勉強を好み、大学付属の小学校にも合格して、将来のエリートコースを嘱望されていました。しかし、いざ受験となると「学校に行かない」「勉強はしない」と宣言し、ゲームに熱中して昼夜逆転の生活になってしまいました。
わが子は、子どものころから素直でよく気の付く子で、意欲的に取り組んでいました。反抗期には、それなりの抵抗もありましたが念願の医学部に入学し、今は充実した寮生活を謳歌しているようです。一方、私は子どもが居なくなった部屋に入ると寂しさが込み上げてきます。最近は、子どもの部屋で半日ボーっと過ごしてしまうことが多くなりました。
夫はエリート社員として毎年のように営業成績はトップでした。功績が認められ、部下数十人を抱える管理職に抜擢されましたが、次第に表情が暗くなり、食欲は低下、不眠気味になりました。やがて、「若い部下が理解できない」と嘆き、休職しています。
上記のように「燃え尽き症候群」になるケースには次のような共通点が見られます。
- 高い目標や難しい課題等に、長い期間にわたって全力を尽くして来たという過程を経ている
- 努力を積み重ねても成果が出なかったため、無力感や喪失感を持った
- 必死で取り組むあまりに、周囲が見えなくなり、いつか孤高の人のような孤独感に陥ってしまう
- 心身の大きな疲労感から、燃え尽きてしまう
まれに目標を達成しても、次の目標が見つけられずに虚脱感に陥ってしまうというケースもありますが、基本的には燃え尽きて意欲を失った心理的状況になってしまっています。
燃え尽き症候群とうつ病の違い
燃え尽き症候群とうつ病は、精神的落ち込みや無気力といった症状は共通していますが、その要因などに違いがあります。
燃え尽き症候群は、責任感が強く仕事にのめり込みやすい等の性格に起因するといわれます。そのため、無理を重ねてある日突然目標を見失ったようになってしまいます。
一方、うつ病は、様々なストレス要因から疲労感を蓄積し、エネルギーを消耗して枯渇させてしまいます。真面目な性格から自責の念を強く持ってしまうことも多いです。休養と同時に、専門医の診断のもと医療的ケアを必要とします。
繰り返すことや後遺症が残ることもある
燃え尽き症候群が、性格に起因するならば、繰り返される可能性があります。また、発症の要因となったストレス源を、個人的・組織的に調整しなければ、再発の不安は残るでしょう。
しかし、ストレスの軽減や、過重な責任感やのめり込みの回避等の対処をして、再発を予防することも可能です。疲れやすい、気持ちが晴れない等の後遺症もみられますが、十分な休養や気持ちの切り替えを通して、軽減する可能性が高いと思われます。
燃え尽き症候群の要因は?なりやすい人の特徴
要因1.個人的な性格
同じような状況下にいる人でもバーンアウトしてしまう人もいれば、ならない人もいますよね。燃え尽き症候群になりやすい人の性格には、いくつかの特徴がみられます。
- 仕事や課題に対してまじめ
- 完璧主義
- 時間を忘れてのめり込みやすい
- 責任感が強い
- 業務や課題に取り組む時間とプライベートの時間の境界があいまい
- 他者の評価や対応に傷つきやすい
- 自己を卑下してしまう傾向がある
要因2.立場や環境
燃え尽き症候群には、過重な仕事量、困難な課題、長時間労働、重い責任、孤独感・孤立感、疎外感等、多くの要因があります。そのため、難しい課題や責任を負う立場の人、また人間関係が主体となる職業環境で働く人に多いと言われます。
具体的な職業としては、開発部門の責任者やノルマが厳しいセールスマン、対人関係に苦しむことがある看護師・介護士などが挙げられます。努力と成果が必ずしも一致しない教師なども燃え尽き症候群が起こりやすい傾向があると言えるでしょう。
また、大人だけでなくひとりっ子や長男など、親の期待に応えなければならない立場にある場合、重圧からバーンアウトしてしまう子どももいます。
ほかにも老舗の商家や医者の家系に嫁いで、舅や姑から育児への大きなプッシャーを感じて母親の役割を放棄してしまう女性など、さまざまな状況や立場のせいで燃え尽き症候群になってしまうこともあります。
【チェックリスト】燃え尽き症候群の前兆や症状
自分や家族(夫や妻、子ども)が燃え尽き症候群となっているのではないか心配している人もいるかもしれませんね。下記のチェック表を使って調べてみましょう。
※「仕事」とあるのは、職務や役割、課題と置き換えて、答えてもかまいません。
- 夜眠れない、朝起きられない
- 仕事や勉強に集中できない
- 今まで出来ていた、仕事や勉強ができない
- (目標に向かう)努力を止めたいと思う
- 仕事や勉強がつまらなく思う
- 成果や成績はどうでも良いと思う
- 仕事や勉強以外に自分の生き甲斐はない
- 身体や心が疲れ果てたと感じる
- 周りの人との関係が辛くなり避けたいと思う
- 職場や学校に行きたくない
上記に6つ以上チェックが入れば、燃え尽き症候群の可能性があります。
「まさか自分(家族)が燃え尽き症候群なんて…」とショックかもしれませんが、(自身や家族が)気付くことが、回復への出発点になります。特に家族や周囲の人が声をかけてあげることは回復に必要な過程です。
心身の不調、人間関係のわずらわしさ、目標の喪失、職場や学校に行けないと言った症状が含まれる場合は、医療機関や専門機関に相談をしてみてください。
燃え尽き症候群から回復する4つの方法
次に「燃え尽き症候群ではないか」と思ったとき、立ち直るためにできる回復方法を紹介します。
【方法①】原因から離れて休む
「集中力が無くなる」「ミスが増える」「効率が悪くなる」などの自覚症状は、仕事を続けることへの注意信号かも知れません。
一時的な休養で回復しないときは、しばらく仕事など原因となっているものから離れて距離を置くことが必要です。旅行に出たり、趣味に没頭したり、心身ともに“離れる”ことが大切です。
【方法②】睡眠や食事でエネルギーを補給する
燃え尽き症候群の原因はエネルギーの枯渇にあり、回復するためにはエネルギーの補給が必要です。具体的には、眠る環境を整えてたっぷり睡眠時間を確保し、食べたいものを楽しく食べて栄養の補給をしましょう。身体のエネルギーが戻っていくはずです。
身体が回復してきたら、次は心のエネルギーの補給です。好きな仲間と楽しく過ごしたり、音楽を聴いたり、身体を動かしたり、趣味に打ち込んだりしながら心の栄養を蓄えましょう。
【方法③】考え方を転換する
「仕事は完璧にやり切らねばならない」「周囲の期待に応えなくてはならない」「成果を挙げなくてはならない」という思いに陥ってしまってバーンアウトしてしまったというケースがたくさんみられます。
再発を防ぐためにも、考え方の転換が必要です。
バネが弾力を発揮するのは、一旦縮むからです。伸びきったバネには、弾力がありません。同じように、人が成果を出すためには、がんばりと休息のバランスが必要です。一心不乱にがんばるだけでなく、”緊張と緩和の両立が必要”と考え方の転換をしましょう。
【方法④】目標の先に選択肢を持つ
燃え尽き症候群に陥った人の多くは、目標とそれに至る過程、出発点が一直線に結ばれているようなイメージがあります。
そして、その目標の先が、朦朧としているようでもあります。目標が、最終の到達点のようになっているので、目標の途中で挫折しても、時には目標が達成した後に、バーンアウトが起こっています。
大学の入学が、就職が、資格取得が、最終目的ではありません。人生は、その後の方が遥かに長いのです。
入学すべき学校も、就くべき仕事も、歩むべき人生の先々に、さまざまな可能性と選択肢をもつことが、燃え尽き症候群の回復になります。
家族の燃え尽き症候群にできること
自分ではなく家族が燃え尽き症候群となった場合にも、改善や解決に向けてできることはあります。
【その①】いつも通りに過ごす
特に心のエネルギーの補給に、家族の果たす役割は大きなものがあります。
しかし、特別なことをするのではありません。日常生活の中での対話やコミュニケーション、声掛け、食事、テレビの視聴など、共通の時間を共に過ごすことを大切にしましょう。先ずは、規律ある生活リズムの回復の援助をしてあげましょう。
【その②】優しく見守り支える
挫折経験や目標からの離脱で、大きく心の傷を負っている可能性があります。自信を喪失し、孤立感、孤独感に支配されているかも知れません。
家族の一員として温かく受け入れ、「あなたは何にも代えられない大切な存在である」と伝えて下さい。そして、優しく、見守り、支えてあげることが、自信の回復となります。
【その③】考え方の転換の手助け
燃え尽き症候群に陥っている人はネガティブになり、「どうせだめだ」「がんばってもムダ」「自分には無理だ」「どうしたら良いか分からない」と自己否定感でいっぱいになっているかもしれません。
考え方を切り変えられるように、下記のポイントを押さえてアドバイスをしてあげてみてください。
- ネガティブ思考に陥って諦めてしまうとチャンスが来ても捕えられない。極寒の冬であっても、必ず暖かい春が訪れることを信じよう。
- あなたには、志が高いこと、一途であること、自分に厳しいこと、粘り強いこと、正直なこと、自立心があることなど沢山の長所がある。
- 行き詰ったとき、視点を遠くに向けて俯瞰してみることで、新しい価値観、新たな考え方が湧き上がってくる可能性がある。
燃え尽き症候群にならないための4つの対策
「燃え尽き症候群にならないためには、どうすれば良いのでしょか。いくつかの心構えについて述べます。
【心構え①】他人と同じ道を歩む必要はない
山の頂を目指す登山道にも、いくつものルートがあります。時には、崖崩れで、前途が閉ざされているルートもあるかも知れません。その時は、ルートを変えるか、時には下山して、別の頂上を目指す場合もあるでしょう。
各界で活躍されている人の多くは、幼い時からその道を目指して到達した人ばかりではありません。挫折の繰り返しで、そこに至った人もいます。偶然到達した所に魅せられて留まった人もあるかも知れません。あなたの道を探し続けましょう。
【心構え②】ストレスの解消に取り組む
バーンアウトする直前は、心身ともに疲労困憊しているという実態があります。疲れを感じたら、スケジュールの中に休憩時間もきちんと組み込んでおくことが必要です。
また、能率が上がらない、やる気が起こらないと思えば、気分転換も必要です。コーヒーブレイクやストレッチ、軽い運動も効果的です。
ストレスは、頑張りのエネルギーにもなりますが、溜め込んでしまいオーバーフローさせないように心がけましょう。
【心構え③】自分で選んだ方法で取り組む
やらされていることは、自分が選んだことに比べて数倍疲れ、モチベーションが低下します。
同じ結果を求める場合も自分なりに方法を選択したり、目標やタイムスケジュールを自分で工夫したりすることが可能な場合は、意欲は長く続き、疲労感も減少します。バーンアウトを避けることが可能です。
【心構え④】人とつながりを持とうとする
「燃え尽き症候群」に陥る人は、いつの間にか周りが見えなくなって、孤軍奮闘した結果、疲れ果ててしまいがちです。
孤軍奮闘にならないためには、日常的に仲間と情報交換をしておき、自身を客観視できるようにしましょう。または、疲れたとき、行き詰ったときに仲間や専門家に相談をしてみるのも有効です。
仲間とつながることで、自分では気づかない問題への注意喚起やサポートを得ることができます。
最後に
本来、まじめで高い志を持った人が、バーンアウトになるケースが多くみられます。やりすぎが悪いわけではありません。緩急のバランスを崩してしまったことに大きな理由があります。
一呼吸をついて、少し落ち着いた気持ちで自分自身を見つめ、そして仲間の声に耳を傾け、全体を俯瞰する。そのような心の余裕がバーンアウトを防ぐ有効な方法となります。