嫌なことほど、忘れることができない、そう感じることがありませんか?ずっと頭の中を占めていて気持ちが落ち込んだり、ふとした拍子に思い出して嫌な気持ちになってしまったりすることは誰にでもあることです。
けれども、できれば嫌なことはすぐにでも忘れてしまいたいですよね。おそらくこのページを読んでいる人は、嫌なことが頭から離れず、どうにかしたいと考えている人でしょう。どうすれば嫌なことを忘れることができるのか、本当に忘れることはできるのか、対処法や心がスッキリと軽くなる考え方を解説します。
臨床心理士・公認心理師
aiirococcoさん
公認心理師、臨床心理士として総合病院に勤めています。小児科外来をはじめ、緩和ケアチームやリエゾンなど幅広い年齢層の方の心理支援を行っています。また、webライターとして主に心理系の記事を執筆中。誰かに相談するほどではないけど困ったな、というときに役立つ情報を発信できるよう頑張ります。
嫌なことを忘れる・覚えている仕組みとは?
嫌なことだから、さっさと記憶から消してしまえばいいのに、そう簡単にはいかないのが人間です。ただ時々、すごく嫌だったことなのに、ずっと忘れていたという経験あったりするのではないでしょうか。それはそれで、どうしてあんなに嫌だったのに忘れていたのだろうと不思議に思ったりするかもしれません。
嫌なことを忘れる、覚えている、それはどういう仕組みによるものなのか知っていますか?嫌なことに限らず、忘れること、覚えていることの仕組みについて解説していきます。
人がものを覚える時、必ず通過する記名→保持→想起というプロセスがあります。このプロセスを知っていると、嫌なことを忘れるだけでなく、勉強など新しいことを覚える時に役立ちます。
覚えていたくない嫌なことは、忘れられないのに、覚えたい知識は、すぐ忘れてしまうということがありませんか?それは、嫌なことが自然とこのプロセスを経てしまっており、覚えたい知識はプロセスを経ていないせいかもしれません。
①記名
まずは記名です。経験したことを記憶の中に入れるシステムです。最初に短期記憶と呼ばれる、一時的な記憶の中に入れることになります。例えば、食事に行った時に、みんなの注文を聞いて、まとめて注文をする行為は、短期記憶を使っています。誰が何を頼んだかは、その場では覚えていますがすぐに忘れてしまうでしょう。
ただ、ここで、記憶を留めておくためには、リハーサルといって繰り返し頭の中で復唱するプロセスが入ります。英単語を覚えた経験を思い出すといいかもしれません。何度も頭の中で繰り返していくうちに、しっかりとした記憶として残ったはずです。
特に必要がない記憶や、感情が伴わないような些細な記憶は、この時点で消去されてしまいます。それが忘れるということです。ただ、嫌なことというのは、どうしても強い感情が伴います。悲しいとか怖いとか不安などネガティブな感情が強く起こるはずです。そのため、メニューを復唱するように、サラッと忘れることはできないでしょう。
②保持
次が保持です。短期記憶に入った記憶を少し長めに保たなければならない時に、この保持が行われます。例えば、昼くらいに「急遽夕方から会議をする」と聞き、その時間に会議室へ向かうことができるのは、記憶が保持されたからです。この記憶は、おそらく数日経てば記憶から消えるものでしょう。一時的に記憶に残すけれども、ずっと保持する必要はないためです。
保持されたのであれば、うっかり忘れたとしても、思い出すことはできます。例えば隣の席の人が「会議なんじゃないの?」と言ってくれることで、思い出せる場合は忘れてはいないということです。
嫌なことがあった時に、帰って家族に話そうと思うことがあるはずです。そういう時も保持された状態になっています。例えばレジで並んでいたら順番抜かしされたなど嫌だけど、それほど強い感情を引き起こさない程度のことであれば、家族に話せば忘れてしまうことが多いのではないでしょうか。
③想起
最後が想起です。記憶として残っても、それを想起しない限りは、無意識下に沈んだままになります。忘れるというのは、実際に記憶に残っていない場合もありますが、想起できないだけで、色々な刺激を受けることで思い出すこともあります。
例えば、学生時代にいじめられた相手のことなど、普段は忘れているはずです。ただ、突然街中でばったりと出会した途端、当時の嫌な記憶が一気に湧いてきてしまうことはあるでしょう。
つまり、嫌なことをずっと覚えているといっても、時間が経てば、それなりに忘れているものなのです。嫌なことと似たような場面に遭遇したり、それに関わった人と遭遇したりすることで、急に嫌なことを思い出すということは、おそらく誰にでも起こることでしょう。それによって動揺してしまい、嫌なことは忘れられないと感じてしまうのです。
嫌なことを忘れるための方法とは?
嫌なことを覚えている仕組みはわかったでしょうか。嫌なことはできるだけ覚えていたくないでしょうし、想起もしたくないはずです。想起してしまうことで、またその時の嫌な気持ちを思い出してしまう人は多いでしょう。
では、嫌なことを忘れるために、何ができるでしょうか?
①寝る前にその日よかったことを想起する
夜暗くなると、人は気持ちが滅入ってしまい、ネガティブな考えに囚われやすくなります。そういう時にその日あった嫌なことを想起してしまうと、余計につらい気持ちになるだけではなく、さらに嫌な記憶として刷り込まれていってしまう可能性が高まります。
寝る前は、意識的にその日よかったことを想起するようにすると良いでしょう。その日の夕飯が美味しかったとか、大事な人の笑顔が見られたなど些細なことでもいいです。また、嫌なことがあったのに最後まで逃げずに頑張った自分を褒めるでもいいかもしれません。
②見方を変える
嫌なことを忘れられなくてつらい時は、その出来事の見方を変えるのもおすすめです。例えば嫌なことを他人か言われた記憶であれば、相手の立場から考えてみるといいかもしれません。すると、八つ当たりだったんだろうとか、嫉妬心から言ったんだろうなど、少し違った見方ができるようになります。
そうすると、傷つけられたと感じていた嫌なことが、少し違うように感じられるはずです。そうなると、次に想起するときは、今とは違った感情で想起することができるようになるでしょう。想起しても今ほどは気持ちが落ち込まずに済むかもしれません。
③別のことに目を向ける
嫌なことがあってすぐは、何度も想起してしまいがちです。そのままにしておくと、どんどん記憶に深く刻み込まれてしまい、何年も経っているのに思い出す嫌な記憶になってしまうでしょう。そうならないためには、早めに別のことに目を向けることも大切ではないでしょうか。
他の仕事に打ち込んだり、趣味に没頭したり、何か別の心配事を想起してみたり。そういうふうに目を背けてみることで、上手に忘れることができるかもしれません。ウォーキングなど、軽いスポーツなどもおすすめです。風をきって歩いているうちに、気持ちがスッキリとし、まあいいかと思えるかもしれません。
④マインドフルネス
マインドフルネスという方法をご存知でしょうか。嫌なことをうまく忘れることができず、常に頭を占めてしまってしんどい人は、マインドフルネスがいいかもしれません。最初は上手にできないかもしれませんが、慣れてくると、とても役立つ方法です。特に悩みやすく、嫌なことをなかなか忘れることができない人にはおすすめです。
最近は、本もたくさん出ていますし、ネットでもやり方を紹介しているサイトが多々あります。嫌なことがなくても、毎日の習慣としていると、本当に嫌なことがあったときに気持ちを落ち着かせて必要以上にとらわれないようにするのに役立ちます。寝る前などにやると効果的ですので、ぜひ1日の終わりのルーティーンに取り入れてみてください。
⑤人に聞いてもらう
嫌なことを忘れたいのに、人に話すとまた思い出して嫌な気持ちになると思う人もいるかもしれません。でも、人に話すことによって、視野が広くなったり、違った捉え方ができるようになるなどメリットは大きいのではないでしょうか。
自分の心の中でケリがつけば、それほど想起することがなくなります。気持ちのケリがついていないから、何度も想起したり、その度に嫌な気持ちになるのでしょう。自分ひとりで見方を変えるのが難しい人は、人に聞いてもらうのがおすすめです。
嫌なことを忘れられないときの対処法や考え方
いろいろ試してみたけれども、どうしても忘れられない嫌なこともあるかと思います。そういうときにできることは何でしょうか。嫌なことを忘れられないときの対処法や考え方を紹介していきます。
①カウンセリングを利用する
嫌なことがどうしても忘れられず、つらい想いを抱え続けてしまっているときは、カウンセリングを利用するといいかもしれません。友人や家族などに話すのもいいのですが、やはり話を聞く専門家とは聞き方が違います。
ちょっとやそっとじゃ忘れられない嫌なことというのは、とてもあなたを深く傷つけるような出来事でしょう。しかも過去にも同じような嫌なことがあったりして、いつも芋づる的に思い出してしまったりしているのかもしれません。
複雑で深い傷つきを癒すには、一度きちんと全てを振り返っていく必要があるでしょう。振り返って、気持ちの整理をしていくことで、想起したときの気持ちの持ちようが変わってくるはずです。
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②無理に忘れようとしない
嫌なことを忘れたいと強く思い人ほど、そのことを意識してしまい、何度も何度も繰り返し嫌なことを想起してしまうものです。想起されることが多いと、どんどん深く記憶に刻み込まれていってしまいます。そうなると、忘れたいと思っているはずなのに、逆に忘れられない記憶になっていってしまうのです。
無理に忘れようとせず、時間が解決してくれると思っておくと良いでしょう。大切な人をひどい形で失ってしまうなど、どうしても忘れられないことはあります。忘れられないことが苦しくて、どうにかして忘れたいと思うのは当然です。
何度も何度も思い出してしまいつらいかもしれません。けれども、時間が経つにつれて、やはり自然と想起する回数は減るものです。今よりも1年後、1年後よりも10年後、時間が過ぎることで少しずつ変化はするものです。忘れることはできないですが、思い出したときのつらさは少しずつですが軽減されます。
③思い出すときに必ず「でもこういうところは良かった」という記憶を付け加える
嫌なことが忘れられなくてつらいときは、意識的に良かったと思うことを一緒に想起するようにすると良いでしょう。例えば、学生時代のいじめがつらく、大人になっても思い出しては傷ついている場合、今は友人もいるとか、負けずにしっかり社会人になっているなど自分ができていることを一緒に思い出すようにするのです。
そうすることで、嫌なだけの記憶ではなくなります。最初はなかなかぎこちない感じかもしれませんが、いつもそうしていれば、それがセットで思い出せるようになります。
嫌なことを考え続けて落ち込む…そんなとき専門家に相談するのがおすすめな理由
先ほど、嫌なことを忘れたいのに忘れられないときは、カウンセリングがおすすめだと言いました。そんな程度のことで専門家に頼るのはどうなんだろうと腰が引けてしまう人も多いかもしれません。
嫌なことを考えて落ち込んでも、日常生活は普通に送ることができて、楽しく笑ったりすることもできるのであれば、それほど深刻に考える必要はないかもしれません。ただ、日常生活がままならなかったり、楽しい気持ちを感じることができないくらいなのであれば、やはり専門家に相談することをお勧めします。
それはどうしてなのか、いくつか例を挙げていきたいと思います。
①PTSDなどを起こしている場合があるから
嫌なことが頭から離れない、何もきっかけがないのに、急に嫌なことを思い出して心臓がドキドキしてしまうなど、心の傷が大きすぎて日常生活に支障を及ぼす場合があります。PTSDという言葉は、よく耳にするようになったため、知っている人も多いかもしれません。
もし、嫌なことが起こってから4週間が過ぎても、悪夢として見たりフラッシュバックといって急に記憶が戻ってきて心臓がドキドキして落ち着かなくなったりというようなことが続いているのであれば、PTSDの可能性があります。
大したことではないと放置してしまうことで、うつ病を併発してしまったり、心身のバランスを崩したりしてしまうことがあります。また日常生活に支障をきたしてしまい、仕事がままならなくなってしまう場合もあるでしょう。そうなる前に、専門家に相談しておくことが重要です。
②気づきを得られる聞き方をしてくれるから
嫌なことがどうしても忘れられない状態の時、周りの人に話すことで「まだそんなこと言ってるの?」「もう忘れなよ」など批判的な言われたかをしてしまい、さらにつらくなってしまう場合があります。
専門家は、あなたがその嫌な記憶に対して、どう感じているのか、もっと具体的に深く聞いてくれるはずです。また、あなたが何度同じ話をしても、批判的なことは言わず、そうせざるを得ない気持ちを汲んでくれるでしょう。少し話せば解消されるくらいの嫌なことであれば身近な人に話すことが一番かもしれません。けれども、それではスッキリできない時には専門家に相談することも考えてみるといいのではないでしょうか。
③発達障害が原因となっているかもしれないから
嫌なことをなかなか忘れることができず、長い時間が経っても鮮明に思い出してつらい気持ちになってしまう人もいるかもしれません。それを周りに話すと「いつまでそんな昔のことを引きずっているの?」と苦言を呈されることでしょう。
発達障害の中でもASD(自閉症スペクトラム)は、嫌なことを忘れることができず、時間が経っても鮮明に思い出すと言われています。これはこだわりの強さや記憶の仕方によるものと言われており、性格的な問題ではありません。
嫌なことが忘れられないだけではなく、空気や相手の表情を読むことが苦手だったり、曖昧な指示は意味がよくわからなかったりするなど対人関係で困る場面が多い場合は、ASDの可能性もあるかもしれません。服薬で多少改善する場合もありますので、そういうときは専門家に相談に行かれるとよいでしょう。
まとめ
嫌なことが頭から離れなくて、ずっとスッキリしない気持ちでいるのはしんどいものですよね。忘れようと努力すればするほど、頭の中を支配されてしまい、鬱々とした気持ちが続いてしまうと思います。
まずは自分でできる工夫を試してみて、それでもうまくいかなければ専門家に相談することで、嫌な記憶を想起することが減っていくかもしれません。忘れることができなくても、想起しなければ忘れているのと同じです。嫌なこともあるけれども、いいこともある、そう考えることができれば、少し幸せ度が上がるのかもしれません。
また、何より時間が解決してくれることというのは、思いの外多いです。あまり焦らず、他の楽しいことに目を向けて過ごすことで自然と忘れていくことができるのかもしれません。
▼つらくて不安な気持ち、1人で抱え込まずにまずはお気軽に相談してみませんか?