「人前で声が出なくなる」「話したいのに話せなくなる」など、コミュニケーションに強い苦手意識を抱えている方は少なくありません。ただこれらの症状は、単なる恥ずかしがりや人見知りではなく、実は場面緘黙症(選択性緘黙)が原因になっている場合があるのです。
場面緘黙症というと、子どもの頃に発症する印象が強いかもしれません。しかし、大人になっても症状が持続したり、再び現れたりするケースも報告されています。そこでここでは、成人の場面緘黙症の症状や原因について解説していきます。

藤原美保さん
公認心理師、介護福祉士、保育士、健康運動指導士の資格保有、療育支援に携わること20年以上。
放課後等デイサービスを運営する中で発達障害児童、そのご家族の悩みも含め相談やカウンセリング対応を10年以上行う。自己肯定感が低い、親から虐待を受けた過去に悩む方からの相談なども多数対応。
これまでに、『発達障害の女の子のお母さんが、早めに知っておきたい「47のルール」』(エッセンシャル出版社)、『発達障害の女の子の「自立」のために親としてできること 』(PHP研究所)と2冊の本を執筆。現在も出版に向け本の執筆をつづけている中、子育てのポータルサイトにて発達障害の子の子育てコラムを連載中。
場面緘黙症(選択性緘黙)とは?

まずは「場面緘黙症(選択性緘黙)」がどのような症状なのか、基本的な定義や特徴を見ていきましょう。
①場面緘黙症は「話せる状況」と「話せない状況」が限定的
場面緘黙症(選択性緘黙)は、ある特定の場所や特定の人の前では話せるのに、別の場所や状況(学校・職場・初対面の人前など)では話せなくなる状態を指します。単なる恥ずかしがりや人見知りではなく、本人の意思とは関係なく声が出なくなってしまうのが特徴です。
実際には「話したい」「声を出したい」と思っていても体がこわばり、喉が詰まって声が出せません。こうした状態が慢性的に続き、生活・学業・仕事などに支障をきたす場合は、場面緘黙症の可能性があります。
② 子どもだけでなく大人にもみられる症状
場面緘黙症は多くの場合、幼少期から児童期にかけて現れるイメージが強い診断名ですが、その段階で周囲が見過ごしてしまうと、思春期や青年期、成人期まで継続するケースが報告されています。
また「機能的には話す能力はあるが、一部の特定の社会的状況(学校、職場、公共の場、対人関係の場面など)で一貫して話せなくなる」という点が挙げられます。幼少期に診断されるケースが多いものの、思春期や成人期になっても症状が続く場合があり、これを「成人の場面緘黙」と呼ぶことがあります。特に男の子より女の子に多く見られるというデータもあります。
大人と子どもの場面緘黙症の症状とは?(チェックリスト)
下記の状態が少なくとも1ヶ月以上継続して症状が見られる場合に診断されます。症状が見られる場合は専門医に相談することをおすすめします。
・特定の場所や人がいるところで一貫して話せない
・家庭など安心できる環境では普通に話す
・人から注目される場面で極度の緊張・恐怖を感じる
・言いたいことがあっても声が出ないため沈黙が続く
・話さなくてはならない状況を極力避けるようになる
・筆談やジェスチャーでコミュニケーションをしのいでいる
・本人は「声を出したいのに出せない」と苦しんでいる様子がある
・学習や対人関係に支障が出ている・出そうな兆しがある
・特定の状況でほとんど話せない
・頭では言葉を組み立てられるが声が出ない
・職場や公共の場で常に極端に口数が少ない
・話す場面を想像するだけで強い不安を感じる
・過去の失敗や恥をかいた体験がトラウマ化している
・他人からの否定的評価を強く恐れる(回避的傾向)
・自分なりに克服しようとしても改善が難しい
・生活や仕事で支障をきたしている・きたしそう
場面緘黙症の原因とは?
実は場面緘黙症の原因については、まだ完全には解明されていません。ただし、さまざまな研究から、「遺伝的気質」「環境要因」「心理的要因」などが複合的に関与していると考えられています。
①生物学的要因(遺伝や気質の影響)
遺伝的素因

選択性緘黙の子どもには、不安障害に関連する家族歴がみられることがあるそうです。社会不安障害やその他の不安障害を家族が抱えている場合、場面緘黙が生じるリスクが高まる可能性があると考えられており、不安への反応性や敏感さ(神経症的傾向)が遺伝的に伝わりやすいという研究報告がなされています。
気質としての行動抑制
幼少期から新奇刺激や見知らぬ人・場所に対し過敏に反応しがちな「行動抑制的気質」は、選択性緘黙や社会不安障害を発症しやすいと考えられています。
また気質的に内気・慎重・不安感が強い子が、環境要因や学習経験を通じて、特定場面で声が出せなくなるという見方が広まっています。
②心理的要因(不安や認知の偏り)
強い社会的評価不安

場面緘黙は社会不安障害(SAD)の一種または関連障害と考えられることが多く、人前で話す際の「失敗するかもしれない」「周囲にどう思われるか怖い」という恐れが大きく影響していると言われています。
子どもや大人を問わず、対人恐怖的な認知が長期的に維持されることで、特定の場面で声を出さずに回避する行動パターンが形成され固定化していくのではないかという見方もあります。
認知的歪み(思考の偏り)
「人前で話したら恥をかく」「自分は上手に話せない」などの否定的予測が先行し、強い不安や緊張に結びついてしまい「話さないでいるほうが安全だ」という学習が成立し、習慣化する場合があります。
場面緘黙症の診断基準とは?

場面緘黙症(選択性緘黙)は、DSM-5(精神疾患の診断・統計マニュアル第5版)などの診断基準においては、1カ月以上の持続が必須ですが、実際には気づかれにくく、特に初期段階では「単なる人見知り」と誤解されやすいので、早期発見・周囲の理解が望まれます。
幼稚園や学校の授業でまったく話せない、必要なときに質問できないなどにより、学習成果を示せない・助けを求められない状態が続きます。集団生活の場で声を発しないため、友人関係の形成や社会的スキル獲得にも影響が出ます。
…職場や社会生活での困難
会議や面談、必要な場面で声が出ない、最低限のコミュニケーションでも困難になるなどで、仕事に大きな支障を来す場合があります。
周囲からは「極度に無口」「協調性がない」と誤解されやすく、本人にもストレスが積み重なりやすくなります。
仕事や生活上の困りごと
仕事での困りごと①会議やプレゼンで説明が出来ない

大人になると、仕事で人との会話や人前で話す機会が増えます。しかし、場面緘黙症の方にとってはこれが大きなストレスです。頭の中で言いたいことがあっても声が震えたり詰まったりして出てこないため、周囲から「やる気がない」「能力が足りない」と誤解されることもあります。
仕事での困りごと②電話対応が苦痛

一般的なオフィスワークでは、電話応対が必須という職場が多いでしょう。しかし、場面緘黙症の大人にとっては「突然の着信音=いつでも話す準備ができていない状態で声を出さなくてはならない状況」を意味します。不安や緊張が高まり、電話に出られない、出ても声が出なくなるなどの困り感が生じます。
仕事での困りごと③人間関係の構築が難しい
特定の人には話せるとしても、それを職場全体や複数の人間関係に広げることが困難です。その結果、コミュニケーション不足から職場でのチームワークや評価に影響が出たり、孤立感を深めてしまうことがあります。
生活上の困りごと①日常の雑務がこなせない

役所に行って手続きをする、病院やお店で受付・会計をするといった場面で声が出ず、必要なやり取りがままならなくなります。結果的に書類の不備や受付のミスが起きたり、人との衝突や誤解を生むリスクがあります。
生活上の困りごと②緊急時の連絡・対応ができない
事故や急病などで緊急に電話をかけなければならない状況でも、声が出なくて対処できない場合があります。その場合、「もしものとき自分はどうすればいいのか」と日常的に不安になることがあります。
生活上の困りごと③社会的孤立
必要以上に人との関わりを避けるようになり、趣味や交流の幅が狭くなります。結果的に友人・知人が減り、自分の悩みを相談できる相手もいなくなりやすいです。
対策
対策①周囲への理解を求める

勇気が要りますが、「実はこういう症状があってうまく声が出せないことがある」という事実を職場の上司や同僚、信頼できる友人に共有してみましょう。知らないままでいると「無口」「コミュニケーションが苦手」と思われるだけですが、理由を伝えることでサポートを得やすくなります。必要であれば第三者(支援者)に間に入ってもらいましょう。
対策②環境調整を行う
緊張しやすいことを避け、できるだけリラックスできる場所で話す機会を設けてもらうなど、物理的な環境を調整するのが有効です。また、電話対応が苦手な場合、可能であればメールやチャット対応を増やしてもらう相談をしてみるのも一つの方法です。
場面緘黙症の治療方法
いずれも医療機関を受診し診断を受ける必要があります。
①認知行動療法(CBT)

認知再構成法
「人前で話すと必ず失敗する」「自分が話しても誰も聞いてくれない」といった否定的・非現実的な思考(認知の歪み)を、客観的に把握・修正していく方法です。
エクスポージャー(段階的暴露療法)
不安を感じる場面を避け続けると、長期的に場面緘黙が固着してしまうため、あえて不安場面に段階的に直面し、慣れていくことで恐怖反応を和らげる方法になります。
ソーシャルスキルトレーニング(SST)
対人関係における「声の出し方・切り出し方」「話題選び」「相手の反応の読み取り方」などをロールプレイ形式で学びます。場面緘黙の背景には社交スキル不足というよりは強い不安が大きいものの、SSTを通じて「会話の流れがわかる」「言葉を発するきっかけを掴む」ことが心理的安定につながります。
②薬物療法
SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)
社会不安障害やパニック障害、うつ病などで処方される抗うつ薬の一種で、セロトニン量を調整することで、不安や恐怖症状を軽減する効果が期待されます。
ベンゾジアゼピン系抗不安薬
即効性があり、一時的に強い不安や緊張を和らげたいときに処方される場合があります。
場面緘黙症の人が受けられる支援
場面緘黙症に対する支援は医療機関だけでなく、自治体やさまざまな団体によっても行われています。特に大人の場面緘黙症の場合、仕事上の悩みや対人関係の問題に直結しやすいため、以下のようなサポート体制を検討することがおすすめです。
メンタルクリニック・心療内科・精神科

診断と治療には医療機関にかかる必要があります。場面緘黙症や不安障害に理解のある医師を探し、継続的な治療を受けましょう。必要に応じて薬物療法やカウンセリングが行われます。
カウンセリング・心理相談機関

クリニック以外にも、公的機関や民間のカウンセリングルームなどで心理師による心理的なサポートを受けられることがあります。カウンセラーと対話を重ねることで、自分の症状や気持ちを整理し、日常での対処法を学ぶことができます。
オンラインサービス・自助グループ

同じ悩みを抱える人たちが、SNSやオンラインコミュニティを通じて情報交換や励まし合いを行っています。自分の体験を共有し、ほかの人の対処法を参考にするだけでも気持ちが軽くなる場合があります。
手始めに気軽に相談できるオンラインカウンセリングを使ってみるのもおすすめです。医療機関にどのように相談したらいいか分からない場合など、課題の整理のサポートに役立つかもしれません。
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場面緘黙症と似た症状の疾病はある?
大人の場面緘黙症の場合、それらとの鑑別を適切に行うことも、正しい治療を受けるうえで大切です。成人期において場面緘黙が続く背景には、社会不安障害(SAD: Social Anxiety Disorder)や回避性パーソナリティ障害(AvPD: Avoidant Personality Disorder)との強い関連が指摘されます。また自閉スペクトラム症のような本人の特性からくる二次的な障害としても同じような症状が現れることがあります。心理的な要因から特定の場面で声を発することが出来なくなるケースもあります。
社会不安障害(SAD)

社会不安障害は、人前で話すことや他者に注目される行為を極度に恐れる不安障害です。対人場面での恥や批判への不安が強く、結果的に対人接触そのものを避けるようになるケースがあります。
成人期における場面緘黙は、社会不安障害の「注目されること、評価されることへの恐れ」が背景にあると考えられます。症状が根付いて長期化すると、日常生活や仕事上のコミュニケーションに重大な支障が生じ、本人に強い苦痛をもたらすことも少なくありません。
回避性パーソナリティ障害
回避性パーソナリティ障害は「批判や拒絶への過敏性・恥の恐れ」が強く、対人接触や親密な関係形成を避ける特性があります。自己評価の低さ、他者からの評価に対する過度な意識といった特徴も含まれます。そして成人期の場面緘黙をもつ人の中には、回避性パーソナリティ傾向が併存する例もあります。
自閉症スペクトラム障害(ASD)

ASDの方は対人コミュニケーションが全般的に苦手な傾向があります。成人期の場合、発達障害による二次的な症状からくる場合があります。この場合、コミュニケーションの質や方法自体に特異性がみられることが多いです。しかし同時に併存することもあり、専門家の判断が必要です。
心的外傷後ストレス障害

過去のトラウマ体験によって人前で声が出ない場合もありますが、この場合はトラウマを想起させる特定の状況のみで緘黙が生じることもあります。専門家のカウンセリングを通じて、トラウマが主因であるかどうかを確認することが必要です。
まとめ

成人に見られる場面緘黙症は幼い頃の本人の特性上の症状が見逃され「特定場面で声が出せない」状態が長期化し、大人になって問題が表面化したケースに多く見られます。その原因は不安や認知の偏りなど多岐にわたり、社会不安障害・回避性パーソナリティ障害、自閉スぺクトラム症との関連が指摘されています。 しかし認知行動療法や薬物療法など複数のアプローチで少しずつ状況を改善できる場合もあるため、早めに専門医の診断を受け治療を受け、日常生活の中で周囲の協力や適切支援を得ることが重要となってきます。ぜひこの記事を参考に、できることから取り組んでみてください。